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かのこマンは肉が嫌いです。

くどいし、気持ち悪いし、気持ち悪いです。

吉野家には一回も行ったことがありません。

焼肉屋は、6歳の時行ったきりです。

カレーに入っている肉は、よけて食べます。

当然、かのこマンファミリーのカレーは肉無しということになります。

ステーキは一度も食べたことありません。

肉を買ったことがありません。

肉だらけの国と、セロリだらけの国があったら

迷わずセロリだらけの国に行きます。

肉だらけの国と、中尾彬だらけの国があったら

肉だらけの国に行きます。

かのこマンの叔母は、さらに肉嫌いです。

肉のにおいを嗅ぐだけで、顔をしかめます。

そんな彼女は、味噌ラーメンが食べられません。

自分で注文しておきながら、

いざ食べるとなると、「肉のニオイがする」と言い

ニオイが消えるまでこしょうをふりかけます。

そして、「こしょうの味しかしない」と言い

味噌ラーメンを残します。

そんな様子を見ていたばあちゃんが、

チャーシューを食べながら言います。

「イヤだね。そんなに胡椒を入れて」

かのこマンもメンマを食べながらうなずきます。

大体、彼女には肉回避予知能力が

全くと言っていいほどありません。

ラーメン屋に入った時点で、くぐるべきのれんを

間違えたことを彼女はこしょう味ラーメンを食べる時まで

気づきませんでした。

それに、ラーメン主要3フレーバーのうち

最も肉風味のある味噌をチョイスしたあたりで

彼女はおわってます。

そんな彼女に比べ、かのこマンは

あっさりすっきりしおラーメンをチョイス。

肉回避予知能力に優れているかのこマンだからこそ

できる芸当ですね。

 

今日は暑いですね。

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工作

小学4年生まで、かのこマンは工作が好きでした。

図書館に行くと、必ず工作の本を借りていました。

そして、家に帰って本を眺めるだけで満足していました。

ブロック遊びも好きでした。

よく飛行機や車を作りました。

2時間かかって作った車は、暴走族もびっくりな

装飾の激しい車でした。

そんなかのこマンは、小学2年生の時、

図工の授業でチョウチョを作りました。

トイレットペーパーの芯を使って作りました。

やっとのことで作り上げた新鋭的なチョウチョを見て、

隣りの席のお友達が言いました。

「何それ。モスラ?」

かのこマンは怒って、担任の先生に抗議をしました。

その間お友達は、

「モスラ!モスラだ!」とはやし立てました。

教室がモスラコールに沸きました。

かのこマンは自作のチョウチョ片手に、

「モスラを作った覚えはない」と先生に言いました。

すると先生が、

かのこマンのチョウチョを見ながら、

面倒くさそうに言いました。

「チョウチョに見えるように作ったらいいじゃない」

味方になるはずだった、たった一人の人も失い、

かのこマンはチョウチョを持ったまま呆然としました。

そこへ、お友達が寄ってきて

チョウチョを手に取りながら、「モスラ!モスラだ!」と言って笑いました。

かのこマンはチョウチョを取り返し、ズタズタにちぎってゴミ箱に入れました。

茶色い色画用紙で作った羽の切れ端が、かのこマンの足元に

降ってきました。

 

お友達が、ゴミ箱を覗き込みながら

「死んだ!モスラが死んだ!」と笑っていました。

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修羅がゆく2

第一話から、こつこつと見続けて

ついに最終話を観終わった。

今まで見たどの映画よりも素晴らしかった。

かのこマンにとって、「修羅がゆく」は

タイタニックやパイレーツカリビアンよりも、魅力的で

心に残る映画になった。

辛い時、寂しい時、何か満たされない気分の時、

「修羅がゆく」を観ると、雲一つ無い青空の様に

気分が晴れやかになった。

何より、活力をもらった。

弱肉強食の世界で、

誰にも流される事無く最後まで己の意志を貫き通した

本郷流一は、誰よりも強く、そして美しかった。

そんな本郷を最後まで慕っていた徳丸、戸沢を始めとする

本郷組組員。

彼らの、破天荒な、でも、ちゃんと筋の通った振る舞いを

観るのが毎回楽しみだった。

義理と人情と強さと優しさと。

平成の映画だが、時代劇を観ている様だった。

今の日本が失いかけている何かが、この映画にはある。

 

「修羅がゆく」を、単なる極道映画で片付けて欲しくない。

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